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駅伝大会

冬のスポーツの一つに、マラソンや駅伝があります。

京都では、12月のある日曜日、『第27回小学生駅伝競走記録会』、通称鴨川駅伝がありました。

妖精ちゃんの通う小学校も、出場しました。

春から一生懸命、走りの練習を続けてきた6年生の仲間、5人一組で、4チームがエントリーしました。

人よりも、1歩も2歩も遅れ、走る事も遅い妖精ちゃん、まさかの出場です。

担任の先生いわく、「妖精ちゃんには、甘えがあります。それを克服してもらうためにも、出場してもらいます。」

えぇ~~~。
駅伝は、チーム全員で襷をつながなくてはなりません。
一人でも欠けたら、駅伝が成立しません。

親は、不安で不安でたまりませんでした。

運動能力の遅れのみならず、重度の空間認知障害のある妖精ちゃん、きちんとコースが走れるかどうか・・・。

日頃の練習は、学校のグランドをグルグル回るだけ。

鴨川駅伝は、鴨川の河川敷からスタートし、を葵橋を渡り、再び河川敷に下り、出雲路橋を渡り、河川敷に下りるという、1.7キロのコース。
この長さを走りきって、次の選手に襷を渡さなければなりません。

出場の20名が先生の先導で、コース確認に走り出しました。

母の私は、じっと妖精ちゃんを目で追っていました。

どんどんどんどんみんなから遅れていきます。
それでも、一人で黙々と走っています。

案の定、チームメイトを見失い、橋に上がる道も分からず、立ち止まり、クルクル回って、誰かを探し始めました。

このままどこかへ行ってしまったら困る!
川の反対側から、大声で名前を叫び、
「そこで待ってなさい!お母さんが行くから!」と叫んでいました。

同時に、妖精ちゃんの居場所を目で確認しながら、全力疾走していました。

妖精ちゃんが私を見つけたときの安堵の顔。
手をつないだ時の温もり。

妖精ちゃんに、「ここからはこっちへ行って、橋を渡るのよ。」と、一緒に走るコースの確認をしました。

妖精ちゃんが居ない事に気付いた担任の先生が、「すみません」と迎えに来てくださいました。

まだ、レースも始まっていないのに、もう、私は、不安と心配が頂点に達していました。

レースでは、一緒に走りたい衝動にかられました。
でも、それをしてしまうと、妖精ちゃんのためになりません。
先生のおっしゃる、「甘えの克服」にもなりません。
自分の力で、走り、次のお友達に襷を渡す事、それが妖精ちゃんのため。

娘は、この駅伝出場が決まり、一緒のグループになったお友達に、「私は、走るのが遅くてごめんね。でも、一生懸命、死に物狂いで走って、襷をつなげるから。」と謝ったそうです。

その時、グループのお友達は、
「大丈夫、襷を受けた後の仲間が、妖精ちゃんの分までがんばるから。妖精ちゃんは、とにかく襷をつないでくれればいいから。」と言ってくれたって。

そして、当日。
私たち、小学校の応援団の前を元気に走り抜けて行った妖精ちゃん。
みんなから、どんどんと遅れながらも、歩いたり立ち止まったりせず、黙々と一生懸命走り続けています。
向こう岸の正面に、妖精ちゃんの姿が見えたとき、仲間の応援の声が、一段と大きくなりました。
妖精ちゃんの走る姿に、涙を流しながら、向こう岸の娘に聞こえるように、「頑張れ~!がんばれ~!」と、応援してくれる仲間。
私も、ジ~ン。

仲間数人が、ゴールで妖精ちゃんを迎えようと走って行ってくれました。

私も、妖精ちゃんを迎えに行きたかったけれど、自分を失ってしまうかもしれません。
そこは、お友達に任せて、次の選手が、来るのを今か今かと待ち続けました。

妖精ちゃんから、襷を受け取った仲間が、とてもにこやかに、晴れ晴れとした自信に満ちた笑顔で、前を走り抜けて行ったのを確認して、やっと気持ちが落ち着きました。

仲間との約束、ちゃんと果たせたようです。
最後まで、あきらめること無く走り続けられたようです。

妖精ちゃんには、とても素晴らしい経験となりました。

こんなチャンスを与えてくださった、先生や仲間に感謝です。

また、ちょっぴり成長できた妖精ちゃんです。

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