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2008年8月

進路☆中学進学に向けてその2

中学進学に向けて、地元の公立中学の普通学級に通うと決めた後、
いろいろ娘の将来の事を考えた結果、娘の抱えるハンディキャップについて、小学校の同級生のみんなに公表する事にしました。

娘の事は、小学校の先生のみにお話させていただいていました。
学校のお友達はもちろん、親戚にも、世間にも公表していません。

娘の抱えるハンディキャップで、一番大きな問題は、『空間認知障害』です。

娘もこの事は、分かっています。

小学校の間は、建てかえられて、まだ数年の真新しい校舎で過ごしました。
バリアフリーの造りであり、シンプルな教室配置でした。
そして、担任の先生が、ほぼ一日子ども達に接してくださっていますので、それほど不自由なく、生活できていました。

ところが、中学校は、築30年以上。
バリアフリーでもなく、構造も複雑です。
そのうえ、各教科で教室を移動します。

体験入学した娘が、ずっと、「迷子になったらどうしよう」と、不安がっていました。

小学校と違って、担任の先生がどこまで関わってくださるのかも不明です。

また、中学校は今の小学校ともう一校別の小学校とが一緒になります。
同じ小学校の子達は、6年間一緒に過ごしてくれたので、娘の苦手とする事、出来ない事を理解してくれているとは思うのですが・・・。

中学校を普通学級でと決めた以上、娘がより、みんなと一緒に過ごしやすくしてやるのも親の務めではないかと考えました。

そこで、担任の先生に「娘の事を6年生のみんなにお話させていただきたいので、少しお時間いただけませんか?」とお願いしました。

私は、中学校へ進学し、クラスの半分は同じ小学校の子と同じになるので、同じ小学校の子だけでも、娘の事を理解してくれていれば、十分だと判断しました。

それには、理由があります。
3年後には、中学校よりももっと広い社会に出なければなりません。
その準備段階でもあるのです。

世の中に出たとき、すべての人が、娘のハンディキャップを理解してくださるわけではありません。

自立への一歩のためでもあるのです。

娘に、自分の抱えるハンディキャップをしっかりと自覚させ、甘えではなく、困った時に助けを求められるようになってもらいたいのです。

そのために、力になり、助けになってもらえるように、娘の同級生に、ハンディキャップの事を告白し、お願いする事にしたのです。

親のこの気持ちを先生に話した時、先生は「お母さん、よく決心されました。私達担任も娘さんの健やかな成長のために、できる限りの協力をさせていただきます。そこで、お母さんがお話された後に、6年生全員のフォローを担任としてさせていただきたいと思いますので、事前に打ち合わせをさせてください。」と、おっしゃってくださいました。

私は、授業の合間10分くらいいただければと思っていたのですが、先生は、「静かな環境で、お母さんのお顔をしっかりと見ながらお話を聞かせていただきたいと思っています。時間もしっかりと取りますので、よろしくお願いします。」と言ってくださいました。

親のエゴとも思われても仕方無いようなお願いに、先生方は「娘の健やかな成長のために」と、一生懸命考えてくださっているのです。

私が、娘の事を公表しようと思えたのは、今の娘の同級生達が、とても頭も質も良い子達ばかりなので、きっと娘の事を話しても理解してもらえると思ったからです。

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進路☆中学進学に向けてその1

現在中学1年生の妖精ちゃん。
小学校の間は、理解ある先生方やお友達の協力で、みんなと一緒に普通学級で6年間を過ごしました。
ですが、中学進学となると話は別です。
授業もどんどん抽象的になり、妖精ちゃんの能力では、ついていくのも大変となります。
また、多感な年頃。
お友達の気持ちもどのように変化するか・・・。
進学先の選択肢として、地元の公立中学の普通学級若しくは、特別支援学級がありました。
いろいろと考えた結果、妖精ちゃんのいけるところまで、みんなと一緒に進学しよう!
地元中学の普通学級でいこう!と決めました。

そこで、そのことにあたり、ちょうど去年の今頃、小学校の時と同じように、「普通学級在籍希望」を中学の校長先生とお話しさせていただいていました。
そのときに、妖精ちゃんが、WSであること。
どんな困りごとを抱えているかなど、私が準備できる全ての資料と共に、包み隠さずお伝えしました。
校長先生は、「親御さんのお考えは、よく分かりました。学校は勉強だけをする所ではありません。集団の中でいかに楽しく自分の居場所を見つけられるかも大切なことです。正直、勉強が出来ても、教室に入れない子もいます。どんな状態の子にも勉強することと学校へ来ることは、教師として保障してやらなければなりません。娘さんの様子から、勉強に関しては、かなりご家庭の力を借りなければならないようですが、楽しく過ごせるようにする事は、こちらでさせていただけます。」
と、言っていただきました。
今までの妖精ちゃんのこと、お友達のこと、学校生活のことなど、長時間に亘り、先生はお話を聞いてくださいました。
そして、帰り際に、「入学までに、担任など事前に決められる事は、決めて、楽しい中学校生活が送れるように、またお話する時間を持ちましょう」と言ってくださったのです。

これで、中学もみんなと一緒に行かせてやることができる。
中学は、小学校といろいろな面で違うけれど、多くのお友達と一緒の学校生活を過ごさせてやりたい。
そんな思いから、ちょっと気の早い行動だったけれど、夏休み中に進路先を決定したのです。

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ななばんめ

WS症候群は、7番目の染色体異常が原因で起こるものですが、先日の学習会で、よく知られているダウン症と並べて説明してくださっていました。

これは、特別支援学校・支援級の先生が多く出席されていたためと思われます。

ダウン症が初めて発表されたのが、1866年。
WSは、1961年。
ほぼ、100年の違いがあります。

染色体異常という点では同じですが、ダウン症は、トリソミー21(数が多い)
WSは、7番目の微細欠失。


出生の割合は、ダウン症は1000人に1人。
WSは、20000人に1人(最近では、7000人に1人と言われています)

ともに、知的障害や心奇形などを発症します。

妖精ちゃんは、生後間もなく心雑音が見つかり、精密検査を受けたところ、肺動脈狭窄が分かりました。
このときに、染色体異常を疑われました。
しかし当時、その病院では、「WSを疑って、染色体の検査をしたところで、治るわけでもないので、もう少し様子をみましょう。」と、言われ9年間検査しませんでした。
今では、染色体検査の中に、WSの項目も含まれていますが、妖精ちゃんの生まれた12年前には、まだWSの検査は含まれておらず、保険適用にはならないので、高額請求されるということで見送られたのです。
その後、やはり知っておきたいと思い、肺動脈狭窄を見つけてくださった、京都市内の病院で染色体の検査を受けました。
妖精ちゃんの染色体異常を疑われてから、9年の歳月が過ぎていました。
このときには、保険適用の中にWSも入っていました。
そこで、やはり疑われていた、染色体の7番目に異常のある、WSだと診断されました。
この診断を受け、よりWSについて診療してもらいたくて、専門医のおられる、大阪の総合医療センターへ行きました。
そこで、この7番目の染色体のどの部分がどのように欠けているのか、より詳細な検査を受けました。
この検査は、FISH方という検査です。

結果、欠失は、WSの標準的な型であるということでした。
エラスティン遺伝子に異常があるのです。
この遺伝子は、体のバネ(ゴムのような伸び縮み)を構成するものです。
ここに異常があると言う事は、血管や心臓などに影響が出てきます。
乳幼児の間は、主に心疾患が見つかりやすく、ここからWSと診断される事が多いようです。
その後、成長と共に、高血圧や腎臓などの疾患が出やすくなりますので、定期的に検査してもらう必要があるようです。

妖精ちゃんも、よく「おなかが痛い!」と訴える事があるのですが、現在は、どうも精神的な面で、おなかが痛くなるようですが、胆石・慢性便秘・循環器・消化器などの病気などでおなかが痛くなることもあるようですので、要注意です。

T先生が、同じ病名でも全ての人は固有で、医療・健康管理・発達・すべての面でひとりひとり異なる課題を持つと言っておられたのが、とても印象的でした。

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WSと自閉症

8月19日の学習会で、様々な内容のお話を聞いてきたのですが、そのうちのひとつ。
かなり興味深い内容のお話がありました。

WSは、自閉症にも似ている面があると、報告されています。
はなこの娘、妖精ちゃんに関しては、子育ての中で、あまり感じるところはありませんでした。
強いて言うならば、着る物の素材(肌さわりの好み)と音過敏くらい。
何かに強いこだわりを示す点が、自閉症と似ていると言われているのだと解釈していました。

お話の中に、アメリカの学会の報告の中に、WSと診断された子どもの中に、自閉症の診断を受けている子も居ると言う事でした。
それは、WSの診断は、染色体検査から診断され、自閉症は、行動から診断され、診断の方法や基準が全く違lっているという事でした。
自閉症の診断は、話し言葉やIQ値ではなく、共同注意・参照・行為の有無・対人相互性、常同・反復行為など自閉症の三つ組みがあるかどうかで決められるのだそうです。

つまり、WSの子の中には、自閉症と診断される子も居ると言う事です。
言い換えれば、先に自閉症と診断され、WSだと分からない場合もあると言う事。

自閉症には自閉症の適切な療育があり、WSにはWSの適切な療育があるはずです。
もし、両方の場合がある子どもの療育には、それに適した療育を考えていってあげなければ、二次障害などの心配が起こってくることが考えられます。

もし、病院などでWSと診断されても、成長過程で発達に心配な事があれば、児童相談所などの機関に相談する必要があるかもしれません。

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『学習会』への参加

娘が、どこか普通の子どもとは違うと、生まれた時からずっと気付いてはいました。
でも、心が狭く、臆病だった親のはなこは、本当の事を知るのがとても恐ろしかったのです。

それでも、いつまでも妖精ちゃんに辛い思いをさせておくわけにはいかない。
妖精ちゃんのために、妖精ちゃんに合った教育を受けさせてやらなければ。
そう思い、他の子とどんどん差が広がり始めた小学校3年生で、初めて染色体の検査を受けました。

やはり、ウィリアムス症候群と診断されました。

ですが、親としてどうしてやれば良いのか全くわかりません。

育て方は、9年間かかって親も一緒に成長してきましたので、それなりの経験がありましたが、学校でのお勉強。
これには、本当に苦労しました。
悩みに悩んで、WSの専門医がおられる、「大阪総合医療センター」を受診し、療育相談をしてみる事にしました。

こちらでは、染色体のより詳しい検査であるFISH法で、血液検査を受け、その後、同病院内にある、療育専門の先生に相談する事にしました。

こちらでは、「早期療育」を指導してくださったのですが、小学校3年生まで普通学級でみんなと一緒に過ごしてきた妖精ちゃんを、「育成学級」へ移籍させるつもりはありませんでした。
また、大阪と京都では、学校や先生の対応も違うので、はなこは、妖精ちゃんの抱える様々な悩み事を、WSの資料と共に、学校へ出向き、校長先生や担任の先生とお話させていただく事にしました。

こちらでの受診は、2度だけ。
後は、専門医が京都大学へ移られた事もあり、そちらで受診するようになったのです。

こんな経緯で2度だけ療育相談をしたのですが、それから欠かさず、『ウィリアムス症候群の人たちへの支援を考える学習会』の案内が届くようになりました。
今年で第5回目。
今まで、日程が合わなかったので参加できずにいたのですが、今年初めて参加する事ができました。
幸せな事に、中学に進学した妖精ちゃんの担任の先生も参加してくださったのです。

内容は、ウィリアムス症候群の専門医で、妖精ちゃんの主治医でもある、富和小児神経内科医。
ウィリアムス症候群のコミュニケーションを研究されている、浅田 京大大学院生。
発達支援の方面から、岡田臨床心理士。
このお三方が、それぞれ、専門の立場から、7月に、アメリカであったウィリアムスに関する学会及び家族会に参加された時の報告と共に、日本の現状に合わせた対応などを発表してくださいました。

内容は、とても濃く、予定されていた時刻よりも30分以上超過した会となりました。

娘がウィリアムス症候群だと診断されてから、はなこなりにいろいろ学んできたつもりでいましたが、今回の『学習会』に参加して、新たに知った事も多く、とても勉強になりました。

何よりも、良かったのが、最後の質疑応答時に、成人されたウィリアムス症候群の方のお話が聞けた事です。

赤ちゃんの頃から、妖精ちゃんの発達・発育の時期に応じて、様々な悩みにぶつかり、その悩みをどのように克服するか、妖精ちゃんの「今」と必死に戦いながらの育児でした。
ですから、全く妖精ちゃんの将来について、希望を持つ事や想像をする事すらできません。
それが、この『勉強会』に参加されていた中に、何人かの成人されたウィリアムス症候群の方がおられ、そのうちのお二人が、「今」を話してくださったのです。

男性の方は、京都市の清掃局で、ペットボトルの分別作業に携わり、毎日充実した日々を過ごしておられるとの事。
女性の方は、清水寺近くの会社で、鰹節の加工業に携わっておられ、30歳以上過ぎてらっしゃるようでしたが、今では後輩の指導などもされているようです。

はなこは、この方達のとても素敵な、生き生きとしたお話しぶりに、熱いものが込み上げてきました。
我が子、妖精ちゃんの未来も、この方達のように、明るく輝く日が来てくれるんだ!
夢と希望を持って、育てていけば、きっと明るい未来が待っている!
そう、実感できました。

もちろん、成人期の親御さんの意見として、保護者が他界した後の生活不安や、ウィリアムス症候群という障害の特性が、まだまだ認知してもらえず、社会参加をするうえで、とても大変であるというものも出されました。

この事については、「今」だけでなく、「これから」を考えていく上で、親であるはなこへ、宿題を出されたような気持ちになりました。
妖精ちゃんが、将来、少しでも生き易い世の中であるように、なんらかの形で、世の中に働きかけていかなければばりません。

この春から、妖精ちゃんを受け入れてくださっている公立中学。
それも、親と妖精ちゃんの希望から、普通学級在籍。
通級指導は、ありません。
そんな、妖精ちゃんをどのように指導していったらよいのか、少しでも妖精ちゃんを知るために、この『学集会』に、京都からわざわざ参加してくださった担任の先生には、感謝しています。
先生は、「これからの妖精ちゃんの指導に、とても参考になりました。来て良かったです。」と、言ってくださいました。

妖精ちゃんは、学校の先生にも、障害の特性理解のために、様々な対応をしていただいて、本当に幸せな子だと思っています。

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自転車

運動能力が、同年齢のお友達よりも劣っている妖精ちゃん。
空間認知も悪く、どんくさい妖精ちゃん。
移動手段は、もっぱら徒歩か、大人の自転車の後ろ(後部荷台の補助椅子)。
下の子(年の差2歳4ヶ月)が出来てからは、前に弟。
後ろに妖精ちゃんを乗せて、走っていました。
法令では、自転車の3人乗りは禁止されていたようですが、そんな事も知らず、平気で乗せていろんな所へ走り回っていました。

妖精ちゃんのお友達は、早い子では、幼稚園の年少さんで、すでに補助輪無しの自転車に自分で乗っていました。
ですが、妖精ちゃん、小学校の1年生の時点で、まだ補助輪付きの自転車を自分でこぐ練習中。
家の前をちょこっと乗る程度。

どうも、補助輪がある事で、重心がグラグラして、自分で上手にバランスがとれず、怖かったようです。
妖精ちゃんに、「自転車に一人で乗れるように頑張って練習しようよ。」と、言ったところ、 「なんで、そんな怖い事練習しなあかんのよ!私は、どっか行く時は、お母さんやお父さんの自転車に乗せてもらって行く方が、楽で良いから、自分で乗れなくてもいいもん。」と言うのです。

こりゃあかんわ。

自分で、自転車に乗りたい!と、思わない限り自転車には乗れないでしょう。
それ以来、自転車の事には触れませんでした。

ですが、チャンス到来!

小学校2年生に進級する春休みのこと。
長年、子供達を乗せ続けてくれた「子ども乗せ椅子」が、土台からポッキリ折れたのです。 そう! 長年の使用で、劣化したのです。
これをチャンスとばかりに、妖精ちゃんに言いました。
「ほら~。もう2年生にもなるのに、お母さんの後ろにいつまでも乗せてもらってる人なんていはらへんよ。 それが証拠に、子ども乗せ椅子が、折れてしまったもん。 妖精ちゃんは、もう乗れませんって事なんやで。」
妖精ちゃん、しぶしぶ承知しました。

春休みですので、宿題もありません。
毎日毎日一生懸命練習しました。
上手にバランスが取れません。
力も弱いので、フラフラです。
転ぶ度に、「もう、嫌!自転車なんか乗れなくても良い!」の連呼。
妖精ちゃんの自転車の特訓には、親だけではありません。
仲良しのお友達も一緒に応援してくれていました。
「一緒に自転車で遊びに行こう!」と励まし続けてくれました。

2002年4月2日。
妖精ちゃん、やっと一人で自転車に乗ることが出来ました。
本当は、一生、自転車を一人で乗るなんて事は、出来ないんじゃないかと思っていました。
でも、お友達の励ましや、妖精ちゃんの努力と根性の結果。
見事、補助輪無しの自転車に乗れるようになったのです。

乗れた瞬間は、本当に感動的でした。 一度コツを覚えてしまえば、もう大丈夫!
同じ学年ののお友達よりも、随分遅れてしまったけれど、ちゃんと一人で自転車に乗れるようになりました。

それからは、安全な道を選んで、自分の自転車で、サイクリングを楽しめるくらいまで上達しました。

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