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2008年7月

妖精ちゃんの身長

妖精ちゃん、現在中学一年生。
12歳8ヶ月です。

身長は、今日現在143.3センチ。

WSの子は、標準より低身長だといわれています。

親である私の身長が151.5センチで低いので、あまり伸びる事は期待できそうにありません。

それでも少しでも大きくなってもらいたい。

そこで、初潮を迎えた小学校4年生の5月に、心臓で診察してもらっていた私立病院に相談に行きました。

生理が始まった事で、女の子はそこで身長の伸びが止まってしまいます。

4年生の5月の時点で、130cm。
このまま身長が止まってしまっては、あまりに小さすぎます。

小児科の先生も、「さすがにこの身長では、低身長なので、もう少し伸ばしてあげたい」と言ってくださいました。
そこで、初潮が始まってしまってしまっては、ひょっとして効果が薄いかもしれないけれど、ホルモン剤の注射をしてみようという事になりました。

リュープリンの接種です。

リュープリンを接種することで、生理を遅らすというか、ストップさせます。

月に1度。
左右の腕に1ヶ月交代で接種されました。

この注射、かなり高額で、毎月13000円ほどかかりました。

数ヶ月に1度、副作用の様子を観る、血液検査を受けたり、骨密度を測るためにレントゲンを撮ったり。
そんな時は、15000円ほどになっていました。

9歳5ヶ月より始めて、12歳まで2年7ヶ月、毎月欠かすこと無く接種しました。

その間に生理があったのは、接種し始めて1年後の10歳5ヶ月で。

それ以来、現在までまだ3度目の生理は来ていません。

この注射のおかげかどうかは分かりませんが、130cmで止まっていたかもしれない身長が、140cmを越えました。

欲を言えば、母親の身長151cmを越して欲しいけれど、それは無理かもしれません。

ウィリアムズ症候群は、一般的に低身長だと言われています。
ですから、ウィリアムズ症候群の治療としてのリュープリン接種ではありませんでした。
事実、ウィリアムズ症候群の専門医には、「そんな事(注射)をする必要なんてある?」と、言われました。
ですが、せめてもう少し・・・という親心で高額ながらも毎月、こどもの低身長を専門とされている先生に治療してもらっていました。

妖精ちゃんが、12歳になった時、その先生から、「もう普通に生理が来ても不思議では無いし、もう止める必要もありません。もう注射はやめましょう。」と言う事で、2007年12月を最後に注射は終了になりました。

ですが、その後の妖精ちゃんの成長を観察するために、3ヶ月に一度、血液検査と、骨密度のレントゲンを撮りに行っています。

今、まだ生理が止まっていますので、まだもう少し背が伸びる事を期待している母です。

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体の発育と心の発達のアンバランスな娘への性教育

ウィリアムズ症候群の子供(女の子)は、二次成長が健常な子供(女の子)よりも早く訪れると言われていました。

母である私は、妖精ちゃんの性毛が、小学3年生の夏に生え始めたのを確認しました。
この時、身長122センチ 体重28キロでした。

生理の始まる目安として、身長150センチ 体重45キロからは、程遠くまだまだ小さな子供です。

この頃より、いつ「生理」が始まっても不思議ではない事を覚悟しました。

ここで、一番の問題が・・・・。

それは、妖精ちゃんの体が小さいという事よりも、理解力。
学校では、低学年のうちから、「男の子の体」「女の子の体」の違いなどは、「性教育」として学んできていました。
ですが、具体的な体の変化や自分の身に起こる事として、どれだけの事が分かっているのか?
どうやって、妖精ちゃんの理解力に合った説明をしてやったら良いのか?

まず、女の子の体の変化を話しました。
お風呂に入ったときに、妖精ちゃんの大事な所には、まだ毛が生えていないけれど、お母さんの大事な所には、毛が生えているでしょ?
これは、もう子供じゃないのよ。
だんだん、お母さんやおばあちゃんのように、大人の女の人になりましたよ、っていう印なの。
外で知らない人や、お風呂以外のところでは、見せてはいけない所。
大切な所だから、毛で隠しているの。

おっぱいもだんだん膨らんでくるよ。

妖精ちゃんは、まだよく分からないのか、「ふ~ん」って感じで聞いていました。
一度だけでなく、何度も何度も話して聞かせていました。

そして、「生理」について。
出血する事を教えなければなりません。
何故、出血するのか?
いろいろ考えました。

妖精ちゃんや、弟は、お母さんから生まれてきたの。
お母さんのお腹の中のお布団で、10ヶ月も寝てたのよ。
女の人は、赤ちゃんをお腹の中で、大きくなるように、寝させるお布団を用意しておかなくちゃいけないの。
妖精ちゃんなら、ぺっちゃんこのお布団と、ふかふかのお布団とどっちが良い?
お母さんは、妖精ちゃんがいつ、お母さんのお腹のお布団でネンネしてくれても良いように、ちゃんと準備してたのよ。
いつでも、妖精ちゃんがふかふかのお布団にネンネしてくれるように。
だから、古くなったら、体から捨ててたの。
でも、お布団は、体から出せないから、「血」に変わって、女の子の大切な所から出てくるの。
だから、怪我や病気じゃないのよ。
全然、心配しなくてもいいからね。
と、こんな風に説明しました。

何度も何度も。

そして、もし、下着に血が付いているような事があったら、すぐにお母さんに教えるようにも。
学校でだったら、養護の先生か、担任の先生にすぐに言うように教えました。

平行して、学校の先生にも、妖精ちゃんに説明した事を話し、もし、出血した事を言いに来たら、よろしくお願いします。と頼んでおきました。

手当てについては、先に教えておいても、その時になってみないとわからないだろうと思い、事前には教えませんでした。

小3(8歳8ヶ月)の夏からこの話を何度も何度も言って聞かせ、実際初潮があったのが、小4(9歳5ヶ月)。
この時の身長130センチ 体重34キロでした。

初潮は、家でありましたので、すぐに準備しておいた専用の下着とナプキンを妖精ちゃんに渡し、手当ての方法を教えました。

最初の何回かは、一緒にトイレに入り、私が手伝いながら、使い方や始末の方法を教えました。

1年かけて、妖精ちゃんの体に起こる変化を話して聞かせていたので、動揺する事も無く、比較的スムーズに「生理」を受け入れました。

学校でも、担任の先生が女性でしたので、トイレへ一緒に行ってくださり、丁寧に教えてやってくださいました。

実際には、まだまだ知的にも精神的にも子供なのに、体だけ大人になって・・・・。
親としては、嬉しいというよりも、可愛そうに・・・と、思う気持ちの方が強かった事を思い出します。

それでも、「初潮」は、女の子にとって一生に一度。
家族揃って、お赤飯でお祝いしました。

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出会い

妖精ちゃんが、ちょっと世間一般のお子様とは、どこかが違うと感じ、悩みに悩んだはなこ。

病院をはじめ、いろいろな機関、お友達などに相談していたはなこ。

そのお陰か、はたまた妖精ちゃんの持って生まれた徳なのか、多くの素晴らしい方との出会いがありました。

お医者様との出会い。
ヤマハの先生との出会い。
学校の先生との出会い。
お友達との出会い。
妖精ちゃんを通してのママ友との出会い。
他のお稽古事の先生との出会い。
などなど・・・・。

まだまだ数え切れないくらいの出会いがあります。

その中で、今の妖精ちゃんにとって、とても大きな出会いが一つありました。
それは、妖精ちゃんの抱える問題に、個別に対応した指導(セラピー)をしてくださる民間の施設と、そこの先生との出会いです。

妖精ちゃんの住む地域では、就学前の子供には、児童相談所が対応してくれますが、就学後の子供に対しては、未対応。
相談に出向きましたが、発達検査のみ。

私の不安への対応は、全くありませんでした。

行き場も無く、ずっと悩んでいたはなこに、
自閉症のお子様を持たれた、ママ友が、この民間施設の事を教えてくださいました。

このママ友とは、いつも愚痴りあったり、慰めあったり。

なんだか、世間にはじかれたような気持ちでいた者同士、多くを語らなくとも、理解しあえる、大切な存在のママ友です。

そのお子様が、どなたかから紹介を受けて、通われて、とても良いところがあるからと、私達親子に紹介してくださいました。

この施設は、就学前から大人になっても通えるとあって、なかなか入る事が出来ない施設のようです。

それは、妖精ちゃんが小4の初夏の事でした。

電話で、相談をしましたら、「とりあえずお会いしましょう。」と言っていただきました。

そして、施設長の面談を受けました。

妖精ちゃんの成育歴から、就学後の事。
抱えている問題をあれやこれやと、時を忘れ、はなこの胸に溜まっていたすべてを吐き出すように、話しました。

先生は、時折頷くだけで、じっとはなこの話に耳を傾けてくださっていました。

ぱやこが、話し終ったあと、静かに、
「お母さん、今まで本当によく頑張ってこられましたね。今の妖精ちゃんがあるのも、お母さんやご家族の力があったからですね。大丈夫ですよ。心配いりません。私達が妖精ちゃんのこれからの成長のお役に立てるように、一緒に頑張っていきましょう。」と言ってくださいました。

この言葉を聞いて、今まで、突っ張って頑張ってきたぱやこの気持ちが一気に解放され、堰を切ったかのように、涙がこぼれました。

初めて、はなこの子育てと妖精ちゃんという子を世間に認めてもらったような気がしたのです。

だって、今まで、どこへ行ってもはなこの気持ちに沿った返答をしてくださった方がいなかったのですもの。

この民間施設との出会いは、それはそれは、妖精ちゃんとはなこの成長に大きなものとなりました。

この施設は、どんな所なのか?

主に、発達障害(軽度知的障害も含む)を持ったお子さん、一人一人に合った、個人カリキュラムを組み、指導してくださっています。

対人関係が苦手なお子さんには、言語・コミュニケーション指導であったり。
クッキングを通しての指導であったり。
感覚統合指導もあります。
ソーシャルスキルトレーニングもあります。
絵や造形での指導もあります。
学習障害のお子さんには、教科学習指導もあります。

この形態も、個々に応じて、個人であったり、グループであったり。

小学校の間妖精ちゃんは、個人で週に1回、1時間の指導を受けていました。

内容は、とても濃く、学校の先生も驚かれるほどの成長ぶりです。

専門家の先生に、指導していただくだけで、こんなにも違うものかと、ただ驚くばかりです。

こちらの民間施設では、将来親から自立して生活できることを最終目標とされています。

何らかの問題を抱えた子の親ならば、大なり小なり、その子の将来の事を思い悩んでいます。

ずっと手元で大切に置いておけたら、どんなに良いだろうとも思います。

けれど、現実は厳しく、いつかはひとりになる我が子。
親の力にも限界があります。

大切な大切な我が子が、将来、なんとか生活できますように。

妖精ちゃんも、まだまだ心配な事だらけ。

妖精ちゃんの将来に向けて、こちらの民間施設で、妖精ちゃんに合ったプログラムでセラピーを受けています。

どんな将来が迎えられるのか、妖精ちゃんの成長ぶりがとてもたのしみなはなこです。

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出生の秘密

我が家の妖精ちゃんは、生後間もなくより、心雑音があり、首の据わりも4ヶ月と遅く、歩き始めたのは1歳8ヶ月。
すべての成長がゆっくりん。
12歳の今でも、お医者様との縁は切れません。

抱えている問題はいくつかありますが、その中でも
一番大変だな~と思われるのが、
空間が捉えにくいという、空間認知障害です。
これは、階段の昇降が怖かったり、ボールの飛距離がうまく捉えられなかったり・・。

知らない場所では、迷子になる事もあります。

もっと小さい時は、服の後ろ前がわからなかったり、靴の左右がわからなかったり。
でも、日々の生活の中で、少しずつですが、改善されています。

今、一番困っているのは、高学年になって、画数の多い漢字を覚えて、書くという事です。
読む事は出来ても、なかなか書けないのです。
四角い箱の中に、バランス良く書く事。
簡単そうに思える、こんな作業が、妖精ちゃんにはとても大変なんです。

今は、治りましたが睡眠障害に摂食障害もありました。
寝ない、食べない、で本当に大変な幼児期でした。

けれども、大病もせず、手術の必要もなくブクブク・・・
いえいえ、スクスクとここまできました。

幼稚園、小学校とみんなと同じように進み、多くの先生や
お友達の理解で、いじめられる事も無く、本当に楽しく、有意義な毎日を送っています。

妖精ちゃんには、2歳下の弟がいます。

その弟が、風邪をひいていつもの小児科におばあちゃんと行った時のことです。

お医者様に、「お姉ちゃんが、男やったら、良かったのに。
でも、お姉ちゃんは、女に生まれて来たくて、一生懸命1番に泳がはったんやし、仕方ないな~。そやけど、お姉ちゃんが1番やったって事は、他のおたまじゃくしは、ものすご~くノロくてのんびりしてはったんかな?」
と、先生に言ったそう。

そしたら、先生は笑いながら
「いやいや、お姉ちゃんもものすごいスピードで、一生懸命泳いで1番にならはったんやで。でも、泳ぎ着いてから、疲れてちょっと、お病気か怪我しはったんかもしれへんな。生まれて来てからやったら、お病気になったら、すぐにこうしてお医者さんにかかったら治るけど、お母さんのお腹の中やったら、なかなかわからへんからな。」と、説明してくださったんだとか。

そうやな、妖精ちゃん、うちに生まれて来たくって、一生懸命泳いで、ちょっと疲れただけなんやろう。
だから、生まれてから、の~んびりの~んびり、ゆっくりゆっくり成長してるだけなんやわ。

ほんまに、いろんな事頑張ってるもんな~。
出来なかった事も、少しずつだんだん出来るようになってるし。
ええねんよなぁ、ゆっくりで・・・。

みんなと一緒の事が、なかなか出来ないからって、
一番、焦って慌ててたのは、お母さんのはなこやわ。

一人ずつ違っていいねんなぁ。
妖精ちゃんは、妖精ちゃんやもん。

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くせっ毛です

ウィリアムズ症候群の風貌特徴として、くせっ毛があります。

妖精ちゃんは、生まれた時からそれは不憫な髪質でした。
当時、某TV番組でコメンテーターとして毎朝、ワイドショー番組に出演なさっていた、和○勉さんのような髪で生まれて来ました。

生まれてすぐに、私が娘に付けたあだ名は、<太字>べんちゃん</太字>。
バカ親です。

それが、成長と共に、少しずつ髪の毛の量も増え、なんとか下に向かって少しずつ伸びるようになりました。

一番かわいかったのが、3歳くらいから6歳くらいまで。
くりんくりんの巻き毛で、お人形のようだったのです。

いつも、可愛い髪飾りで髪を二つにくくっていました。
この頃は、クセ毛もそんなに悪くないな~って思っていたのです。

ところが、妖精ちゃんの通う小学校では、夏場プール授業のあと、くくっていた髪を解いてシャワーを浴びなければなりません。
1年生の間は、プールの後、いつも一学年上のお隣のAちゃんが、髪をくくってやってくれていたのです。
でも、2年生になって、そんなにいつまでも誰かの世話になっていてばかりでは、いけません。
自分の事くらい、自分で出来ないと。
そう思って、自慢のくりくり毛を短く切りました。

クセ毛の子が短い髪にすると・・・・。
可愛そうに・・・・。
とても、おばさんチックになってしまったのです。
そう、ショートヘアにパーマをかけたような髪型。

そこで、クラスの男の子に付けられたあだ名が、ブロッコリン。
まるで、ブロッコリーのようだったからです。

帰宅した妖精ちゃんに、この話を聞いて、とても感心して、笑ってしまった母親の私は、ここでもバカ親ぶり発揮です。
妖精ちゃん、傷ついていたのに・・・。
ごめんね、妖精ちゃん。

髪を短くしたら、それはそれで大変です。
縦横無尽に好き勝手な方向に伸びる髪達。
おっさんのように、月に一度は、カットに行かなければなりません。
量も、かなり多くなってきたので、それなりの技術のある美容師さんで無いと、とてもヘンチクリンな頭になってしまいます。
生意気にも、いつも先生を指名しています。

そんなこんなで3年間、ブロッコリンだのおばさんだの言われている妖精ちゃん。
ぼちぼち、色気づいてきました。
どうも、サラサラヘアに憧れているようなんです。

TVコマーシャルを見ては、「このシャンプーを使ったら、いいねんて~」などと言うようになりました。

そこで、今日家族会議の結果、いつも行っている美容院で、縮毛矯正をしてもらう事にしたのです。
とても大喜びの妖精ちゃん。

ずっとずっと、あだ名を言われ、コンプレックスに感じているクセ毛。
縮毛矯正をすることで、少しでも気持ちが明るくなるのなら、それも良いかもしれないと、してやることにしたのです。

そして、美容院へ。
最近は、髪全体をするのではないようです。
自然に見えるように、裾の方は、矯正せずに、そのまんま。

2時間半かかるというので、妖精ちゃんをお願いして、一旦私は、帰宅しました。
そして、もうすぐ出来上るって時に、電話をくださいました。

鏡の前に座っている妖精ちゃんを見て、ほ~~~~。
なかなか素敵です。
妖精ちゃんも、鏡越しに自慢げな笑顔を向けてきます。

母のぱやこは、4~5ヶ月に一度カットするかどうか。
白髪もまだ無いので、ヘアカラーも必要ありません。
そんなに、美容院代は使いません。

けれど、この日は大奮発。
妖精ちゃんの夢をかなえるのに、12915円も支払いました。

2007年の1月7日。

小学生の子供に縮毛パーマをかけて、高額の支払いをする母親。
それは、私、はなこ。
やっぱり、親バカではなく、バカ親なのでした。

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宿泊研修前日

いろいろな事のあった小学校生活。

2006年9月10日から、大きなナップザックを持って、2泊の宿泊研修に出かけた妖精ちゃん。

空間認知に問題ありの妖精ちゃんは、不器用さも手伝って、荷物詰めが、なかなか大変。

はなこが、何もかも準備してやった良いんだけど、そんな事したら、向こうで困るのは、妖精ちゃん。

出発前日の朝から、一つづつ自分で、必要な物を揃えさせ、点検。

それらの品を、ジプロックに入れて、マジックで品名を記入。
透明で、見えるようにしておくだけで、随分分かりやすいから。

この時、品物の出し入れも何度も練習した。

口で言うだけでは、理解しにくいので、経験で覚えてもらう。

あっと言う間にお昼になったのに、まだ、半分も出来ていない。

昼食を食べて、午後から、残りの荷物の準備をしていたら、

ピンポ~ン!
「妖精ちゃんの明日の荷物詰め、手伝いに来たよ~。」と、お友達が来てくれた。

約束もしてなかったし、頼んでもいなかったのに・・・。

そして、みんなで、
「こうした方が、いいんちゃう?」
「ほら、妖精ちゃん、これは、自分でせなあかんよ!」
などと、ワイワイ言いながら、どんどん準備を進めていってくれた。

はなこは、横から眺めていただけ。

お友達は、ちゃんと妖精ちゃんの事、受け入れてくれていて、理解をしてくれている様子。

本当に、いろんな人の手助けで自分の居場所をもらっている妖精ちゃん。

こうして、みんなのお陰で成長させてもらってます!

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十二歳の主張

いろいろあった小学校生活の6年間。
卒業を前にした娘の妖精ちゃん。

学校では、卒業文集やらなにやら、作文をよく書いていました。

3月に入って、国語の時間で、している事は、「十二歳の主張」として、原稿用紙1枚分の作文を書き、それを覚えています。
そして、最終的には、6年生、全員の前へ出て、一人ずつ発表しようというもの。

発表の前日、発熱で学校を早退した妖精ちゃん。
どうしても、みんなの前で、自分の主張を発表したいからと、大事をとって発表の時間に合わせて、遅刻していきました。

帰ってきた妖精ちゃんに、「ちゃんとできた?」と、きくと
「うん。みんな上手やな~と言ってくれはったよ。」と報告してくれました。

そんな話をしていた時に、担任の先生から電話。
「妖精ちゃん、体調はどうですか?」

「はい。元気にしています。」

「たぶん、とても気分良く下校したと思います。・・・」と、先生。

先生の説明によると、なんと妖精ちゃん、「十二歳の主張」で、トリを努めたようです。
そして、その内容に、多くのお友達が感動してくれたと。
発表した仲間のどんな主張が印象に残っているか?という感想文に、何人ものお友達が、妖精ちゃんの主張の事を書いていたと。

本当に、上手に発表できていましたよ。と褒めて下さいました。

親バカ、させていただきます。

妖精ちゃんは、6年生とは思えないほど、ひらがなばかり。
誤字もあります。
句読点も改行もめちゃくちゃ。
でも、原文まま書かせていただきます。
読み辛いでしょうが、読んでやってください。

クローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバー
「わたしをささえてくれたこと」
 みなさん知っていますか?わたしが五年のときにけいけんしたこと、それは友達とのけんかです。けんかをしては、図工しつではなしをしていました。でも、6年生では、けんかをしなくなりました。けんかをしていて、しょんぼりしているときに、一人の友だちの一言がありました。「大じょうぶ?」その一言でわたしをかえてくれたのです。運動かいの組体操での練習のとき、さぼてんや倒立がこわくてできなくってこわがっていたときに、とっくんをしてくれた中間たちがいたから、ここまでりっぱに、せいちょうできたんだと思います。ささえてくれた中間に、私は、ありがとうというきもちでいっぱいです。5年生まで、ずっとつらい思いをしてきました。けんかをして、一人になったことも、ときどきありました。さびしいようなくやしいようなそんなきもちでした。でも、いまは、ちがいます。楽しくてしかたありません。いままでありがとう。
クローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバー

妖精ちゃんの素直な気持ちが書かれていると思います。
本当に素晴らしい仲間に支えられた妖精ちゃんです。
自分の口から「ありがとう」の気持ちが伝えられた妖精ちゃん。
本当に、本当にみなさん、ありがとう・・・・

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なわとび

だれしも遊んだことのある「なわとび」

子供の遊びの延長線上に、体育の授業にも「なわとび」があります。

空間認知に問題のある妖精ちゃん、粗大運動も苦手な妖精ちゃん、幼稚園の時から「なわとび」がありましたが、もちろん上手に飛べませんでした。

縄を、ぐるりと後ろから前へ回して、飛ぶ。
この単純そうな動きがなかなか難しい。

縄が前に周ってきた時に、タイミングを計って、ピョンと飛びます。
手は、縄を持って回さなければなりませんし、足は、リズミカルに跳ばなくてはなりません。

妖精ちゃんは、ず~っと自分でぐるりと縄が体の前に回ってきたのを確認して、両足をそろえてピョン。

「よっこらしょ」という感じでした。

それが、スピードはそんなに速くなくても、ピョ~ンピョ~ンとなんとかリズミカルに飛べるようになったのは、4年生くらいでした。

やっと、体と縄との感覚が分かったのでしょう。

6年生になって、クラスがまとまるように、担任の先生の提案で、「クラス全員で大なわとび」をするようになりました。

妖精ちゃんにとっては、かなり大変な事です。
自分ひとりで、縄を回して自分のタイミングで飛ぶ、単純な「なわとび」だって上手に出来ないのに。

クラスのみんなも、妖精ちゃんに「大なわとび」が、上手く出来ない事は、わかっています。

先生は、妖精ちゃんにも参加できるように、「飛ばなくても良いから、縄にひっかからないように、潜り抜けるだけでも良いから、みんなと一緒に練習をしよう。」と提案してくださいました。

順々に、クラスのお友達が飛んで抜けていく中で、妖精ちゃんは、潜り抜ける練習を続けました。
最初は、なかなかタイミングが計れず、縄の中にすら入っていけなかったようです。
クラスのみんなも、励ましてくれていました。
ひっかかっても、誰一人、文句言わなかったようです。
そして、何度も繰り返して練習した甲斐あって、初めて潜り抜ける事が出来ました。

潜り抜けた妖精ちゃんに、幼稚園からずっと一緒のM君が、「ナイス!妖精ちゃん!」と声をかけてくれたと、帰宅した妖精ちゃんが、興奮して話してくれました。

きっと、ずっとずっと見守ってくれていたのでしょう。
自然と、妖精ちゃんに声をかけてやってくれたんだと思うと、とても嬉しくて。
なんて、素敵な仲間なんでしょう。

妖精ちゃんにとって、『縄を潜り抜ける』という最初の壁を突き破った事で、自信がついたのか、次の『縄を飛ぶ』というステップへ 進むことができました。

休み時間毎に、外遊びの苦手な妖精ちゃんを お友達が連れ出してくれて、根気良く「大なわとび」の練習をしてくれました。
二人のお友達が、縄を回し、みんながタイミングを計って、妖精ちゃんに「掛け声」をかけて、飛ぶタイミングを教えてくれるのです。
もちろん、妖精ちゃんなかなか出来ません。
それでも、励ましながら、ずっとずっと練習に付き合ってくれていたのです。

何日も何日も練習は続き、ある日、やっと1回飛べた時、
それはもう、大騒ぎ!
お友達が、職員室におられる担任の先生に、「妖精ちゃんが大なわとびを飛んだ」と報告に行き、「見て!見て!」と連れ出してきたんだとか。

その後、数回を飛ぶのがやっとだった妖精ちゃんも、30回を越える回数連続して飛べるようになったようです。

出来ないから、見学ではなく、どんな形でも良いから参加させてくださり、クラスのお友達と同じ時間を共有させてくださった先生。
そして、少しずつ少しずつ出来るように、根気良く飛び方を教えてくれたクラスのお友達。
妖精ちゃんが、躊躇してもじっと見守ってくれたお友達。
何よりも、自分の力を信じて、一生懸命練習した妖精ちゃん。
みんなの力が一つとなって、「クラス全員で大なわとび」の目標がクリアされました。

今は、「飛ぶぞ1000回!」が目標のようです。

きっと妖精ちゃんは、体力的に無理かもしれませんが、クラスのお友達と一緒に、1回でも多くの回数を飛べるように、頑張ってくれたらいいな~と思っています。

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耳鼻科☆中耳炎

現在、12才の娘は、幼児の頃とても病弱だったとは思えないほど、元気です。
こんなに、元気に育ってくれる日が来るとは、想像もつきませんでした。

小児科・眼科・歯科・耳鼻科、いろんな病院を受診していました。

風邪をひくと必ずと言って良いほど、「中耳炎」になっていました。
激痛が襲うため、昼も夜も関係なく、泣き叫んでいました。

最初、1歳の頃、娘が中耳炎になった時、親は全く分かりませんでした。
夜中に、突然火が着いたかのように泣き出し、抱っこしようがおっぱいを飲ませようが治まりませんでした。

翌朝、小児科へ連れて行くと、「耳鼻科へ連れて行きなさい」と言われました。

そこで、「中耳炎」の診断。
子供は、鼻から耳までが曲がらずに真っ直ぐな場合が多く、鼻水が耳へ流れる事があり、中耳炎になりやすいと教えてくださいました。

加齢と共に、だんだん曲がってくるようになり、中耳炎にもなりにくくなるので、それまでは、初期の段階で、すぐに治療してやるようにと。

娘の場合、中耳炎になるのは、鼻水が原因でした。
風邪で鼻水が出るのは、もちろんの事ですが、それ以外にも、よく泣いていました。
泣くと、鼻水が出ます。
風邪をひいていなくても、鼻水がたくさん出ているときには、中耳炎になっていないか、よ~く注意して観察していました。

「中耳炎」の治療法として、以前は、鼓膜を切開して、中から膿をだしたのですが、小さな子供にそんな事をすると、これから先、耳鼻科ぎらいになるから、そんな荒っぽい治療はせず、ステロイド剤と抗生物質の投与での治療となりました。

中耳炎慣れしてきた娘は、自分の耳の変化にだんだんと気付くようになり、「おかしい!」と感じると初期の段階で親に申告してくれるようになったので、重症化することもなく、早期に治してやることができました。

耳鼻科の先生の、痛くない治療が、良かったのでしょう。

本当は、耳鼻科へ行く楽しさが、娘にはもうひとつあったんですけどね。
それは、幼稚園の年長さんになって、初めて自分だけで、診察椅子に座ったとき、先生が、「怖くないからね」と、椅子をゆっくり上げたり、回転させたりしてくださいました。
それが楽しかったのか、「クルクル回って、回転寿司みたい~」と、大喜び。
先生も、「回転寿司か~。上手い事言うなぁ。あはははは」。
こんなやり取りも、病院が怖いところでは無いと思わせてくださった先生のお陰なんです。

中耳炎も、ほぼ、月に1度はなっていたのに、小学校2年生にかかったのが最後で、それ以来なっていません。

今では、喉が痛くなって、耳鼻科にかかる程度になっています。

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優しい男の子

小学校へ入学して、何をするにも「ゆっくりん」の娘。
空間認知障害のある娘は、自分の靴箱の場所も分かりません。
教室の場所(2階)も分かりません。
これは、集団登校に1つ上のお友達が、毎日「くつのはき替え」から、教室へ入るまでをお世話してくれていました。

学校生活では、自分の座席だけでなく、様々な状況で活動します。
一番大変だったのが、階段での移動。

階段を上る事は、難なく出来るのですが、下りる事が、とても難しかったのです。
どうも、段差が、視覚で認知することが難しかったようです。
必ず、手すりを持って、片足ずつ慎重に下りていました。
交互に足を出す事が、出来ませんでした。

集団で、列になって、行動する時、背の低い娘は、前の方です。
ゆっくりゆっくり下りると、後ろの子達が、止まってしまわなければならず、いつも「妖精ちゃん、早く行ってよ!」の声が・・・。
この声の主は、たいてい女の子。
女の子は、優しいイメージがありますが、しっかりしてとても厳しいところがあります。

いつも娘は、「だって怖いんやもん・・・」と言いながら、半べそで階段を下りていました。

もちろん、先生が手を貸してくださる事が多かったのですが、それ以外にも、よく沢山のクラスメイトが助けてくれました。

ある日、学校へ用事があってたまたま出会った、階段での移動時。
助けてくれたのは、男の子。
後ろから聞こえる、「早く行って!」の声に、「妖精ちゃんは、階段が怖いんやから、ちょっと待ってあげて!」と反論してくれるのです。
その声に、「分かったわ~」の返事。
列は乱れましたが、無事階下まで行くことが出来ました。

帰宅した娘に、階段での事を聞いてみました。
いつも、私が見た時のように、誰かが、娘の事を「攻撃」すると、やはり、別の誰かが「反撃」してくれて、大きな問題も無く、解決するようでした。

また、ある日の事。
娘の居るはずの教室へ行くと、ほとんどの子は、自分の座席で本を読んでいたのですが、何人かの子と、先生の姿がありません。
図書館で、本の借り方を学んでいるようです。
私は、図書館へ行ってみました。
残っていたのは、4人の子と先生。
二人は、走って教室へ戻って行きました。
先生の「早くしなさい。」の声に、教室を出る娘。
その時、一人の男の子が、ずっと娘の事を待って、よこに並んで手を繋いで教室まで連れて行ってくれたのです。
先生にその様子を見て、「優しい子が居るのですね。」と言うと、
「あの子は、いつも妖精ちゃんをあんな風にフォローしてくれているんです。私もとても助かっています。」とおっしゃいました。

いろんなハンディキャップを抱えた娘ですが、クラスのお友達の自然な優しさで、みんなと一緒に学校生活を送る事が出来ていました。

先生との連絡帳の交換でしか学校の様子が分からなかったのですが、偶然に出会った、娘の学校生活。
一緒の幼稚園だった子は、36人のうち4人しか居なかったけれど、みんな、毎日の多くの時間を一緒に過ごす事によって、娘の事を仲間としてちゃんと受け入れてくれていた事に、嬉しくもあり、安堵した瞬間でした。

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